こんにちは、アラサーかーちゃん(保育士お休み中)のヒナです。

今回は、ありがちな「おもちゃの取り合い」から考えた話。

短いのでTwitterで書こうかと思ったけれど、未熟な自分の記録としてブログに残すことにしました

児童センターでの出来事

児童センターで遊んでいたときのこと。

息子がおもちゃの車で遊ぼうとすると、近くにいた2才の男の子が「ダメ!」と叫んだ。

子「ダメ!」「ドロボーー!!」

実際には使っていなかったけれど、その子の中では今遊んでいる途中だったらしい。息子から車を取り返し、近くにあったおもちゃを急いで自分のまわりに寄せ集める。

その後、自分の遠くにあった積み木をひとつ拾って、息子に渡してくれた。

私「これ、ドーゾしてくれるの?」

子「ウンッ」

息子は嬉しそうに積み木を受け取り、遊び始めた。

おもちゃの取り合い・・・というほど取り合ったわけではなく、たまたまその子が使いたかったおもちゃを息子が手にとっただけ。

ありがちな、本当によくある出来事。

保育士としての自分、親としての自分

2才かぁ、と考える。

まだまだ全部「ジブンノ」にしたいよなぁ。

でもそれじゃダメなのはわかってるし、渡してあげたい気持ちもきっとある。

だから、自分がいらないものの中からドーゾしてくれたんだろうなぁ。すごいなぁ。

そう思ったのは、『保育士』としての自分。本当はその前に、

「ドロボー」!?

うちの子になんてこと言うん!?

と、『親』としての自分が反応した。

正直に告白すると、ものすごくイラッとした。

相手は2才の子どもなのに。

発達上そういう時期なのはわかっているし、同じような場面を数え切れないくらい見てきているのに。

おもちゃの取り合いとか、押されたりとか、そういうのどんどん経験してほしいと思ってるし、普段は落ち着いて見守っていられるのに。

「ドロボー」ってフレーズが、私の中でどうしても許せなかったらしい。

その子なりの「取らないで」の表現なのはわかっているのに。

なんとか笑顔で「そっか、今使ってたんだね」と言ったし無事に解決(?)したけれど、でも自分の中ではモヤモヤ。反省。

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制御できない感情は、私が親だからかもしれない

出産してから1年5ヶ月が経とうとしているけど、自分が『親』だという自覚はイマイチまだない。

「我が子ってどんな感覚なんだろう」って、未だにちょっと思っている。

でも子育てをしていると、こうやってふと「制御できない感情」に出会うことがあって。

自分でもよくわからないくらい息子のことが大切で愛おしくて、発達とか理屈とか全部すっ飛ばして「うちの子に害をなすものは許せない」というような、そんな感覚。

それこそが私が『親』になった証なのかもしれない。

理屈を知っていることで助けられることもあるけれど、でも子育てって理屈だけじゃやってけない

もっと勉強して、もっといろんな気持ちを知って、人としても保育士としても成長してから復帰できたらいいなぁ、なんて。

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